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2016.12.16 08:40

DSC00746.jpg

『準備』 高階杞一 

待っているのではない
準備をしているのだ
飛び立っていくための

見ているのではない
測ろうとしているのだ
風の向きや速さを

初めての位置
初めての高さを
こどもたちよ
おそれてはいけない
この世のどんなものもみな
「初めて」から出発するのだから

落ちることにより
初めてほんとうの高さがわかる
うかぶことにより
初めて
雲の悲しみがわかる


客体としての「物」ではなく主体としての「意識」へ。
数年前、初めてこの詩を聴いたとき、冒頭の数行の表現にやられた。
感動のあまり、耳からの記憶をたよりにネットで検索し
高階杞一の「準備」という名前の詩であることを知って満足、
心の引き出しにしまってすっかり忘れていた。

キャナルの無印良品に行く。
雑貨と本が一緒に並ぶ最近の流行りを取り入れた店舗形態を
すこぶる気にいっているので、私は何時間でもここにいれる。
本を読み、雑貨を物色し、本を読み、カレーを物色し
何気なく手にとった詩集を読んで、あやうく号泣しそうになった。
涙をこらえると大量の鼻水が滝のようなすごい勢いで流れた。
一瞬、鼻血が出たのかと思うくらいの勢いで。
「これは鼻水でなく涙なんですよ。」
心の中で言い訳しても仕方ないのだが、
焦った私は手で鼻水と勘違いされたであろう涙をぬぐう。
泣いたほうがましだったか。ましだったのか。

詩集の題名は「早く家(うち)へ帰りたい」
詩人の名は高階杞一。

名前を見た瞬間、忘れたはずの記憶がいきなり飛び出してきて驚いた。
たぶん、私はこの人の詩が好きなのだろう。
涙腺と鼻はつながっているという再認識とともに
ようやく自覚した瞬間だった。

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